「泣きのサックス」とも形容される特徴的なサウンド―――。
僕が初めて David Sanborn(デイヴィッド・サンボーン)を聴いたのは1983年のことでした。同年の彼のソロアルバム「Backstreet(バックストリート)」の中から数曲がFMラジオでオンエアされたのです。その際に録音したテープを大事に聴き続け、遅れてアルバムを買ったのは'87年か'88年の頃でした。
1曲目は「I Told U So」です。ミドルテンポのメロディが抒情的に展開する曲です。チョッパー・ベースは抑え気味、終盤のギターソロも「つま弾く」といった風で、サウンド全体が落ち着いた雰囲気になっています。そのためか、実際のテンポよりもゆっくりとした印象を受ける作品です。
サビの部分では Sanborn のしゃくり上げるようなサックスが堪能できます。打ち込みのドラムはチープに音を奏でますが、あえてそうしたのだと思います。Sanborn の人間くさいサウンドに不思議とフィットしています。
2曲目は「When You Smile at Me」です。スローなバラードです。Sanborn の歌い上げるようなソロがぴったりとハマるメロディーになっています。
3曲目「Believer」は、一転してファンキーな、アップ・テンポな曲です。合いの手のように入る男声ボーカルも相まって、アルバム中唯一の派手な作品といっていいでしょう。Sanborn のサックスも、まるでソウルシンガーがシャウトするようです。
5曲目「A Tear for Crystal」は、さきほどの2曲目(When You Smile at Me)よりもさらに重厚感の増したバラードです。Sanborn のサックスが、このアルバムの中ではもっとも「泣いている」曲といえるでしょう。
7曲目「Blue Beach」は、ゆったりとしたレゲエです。メロウながらも軽快で、元気づけられるようなメロディーとなっています。
ところで、Sanborn のサックスはとにかく特徴的です。基本的には鋭く金属的な響きなのですが、冷たい感じはありません。音が絶妙な具合に割れているためか、人の声のような温かみを感じます。
重ねられていないにもかかわらず、音がハーモニーを奏でるようにも聞こえます。これも「割れ」の効果でしょう。そこに、エモーショナルなフレージングも加わって「泣きのサックス」が生まれてくるかたちです。
なので、他のアーティストの曲に参加している場合でも、僕もすぐに Sanborn の音を聴き別けられるようになりました。
たとえば、Jaco Pastorius の「Come On, Come Over」(アルバム「Jaco Pastorius」)、ブラジルの女性ボーカル Flora Purim の「Blues Ballard」や「Why I’m Alone」(アルバム「Everyday, Everynight」)、Stevie Wonder の「Tuesday Heartbreak」(アルバム「Talking Book」)などといったところです。
加えて、Brecker Brothers の1stアルバム「The Brecker Bros.」の6曲目「Rocks」では、テナー・サックスの Michael Brecker と Sanborn によるソロの掛け合いも楽しめます。
ともあれ、ソロだけでなく、アンサンブルの中でさえ存在をはっきりと確認できるようなサックス・プレイヤーは、僕は Sanborn のほかはあまり知りません。ほかの人と同じフレーズを吹いていても「彼だ」とすぐに判ります。
なお、僕がこのアルバム(Backstreet)に興味を持ち、'83年にFMラジオをチェックした本当の理由は、実は Sanborn ではなく、当作品のプロデューサーへの興味からでした。
ベーシストの Marcus Miller(マーカス・ミラー)です。'80年頃にTVのライブ映像で観た、彼と日本の渡辺貞夫らとの共演に僕は感動していたのです。
「Backstreet」では、その Marcus Miller が、僕の見るところ Sanborn のサックスが最大限活きるように、エモーショナルになりすぎないように、巧みにコントロールしています。
Sanborn と Marcus のコラボレーションはこのアルバム以外でも行われていますが、「Backstreet」はこれらの頂点ともいわれています。僕もそれには同感です。
ちなみに、さきほど「I Told U So」のところで、「打ち込みのドラムはチープに音を奏で~」と書きましたが、このあえてチープに奏でられた打ち込みもまた Marcus Miller によるものです。
DAVID SANBORN / BACKSTREET(1983年)
1:I TOLD U SO(愛の約束)
2:WHEN YOU SMILE AT ME(君の微笑み)
3:BELIEVER(ビリーヴァー)
4:BACKSTREET(バックストリート)
5:A TEAR FOR CRYSTAL(涙はクリスタル)
6:BUMS CATHEDRAL(大聖堂)
7:BLUE BEACH(ブルー・ビーチ)
8:NEITHER ONE OF US(さよならは悲しい言葉)
()内は邦題です。
CD、LP、配信があります。LPは1~4がA面、5~8がB面です。プロデューサーとして Marcus Miller 以外にも Ray Bardani と Michael Colina がクレジットされていますが、サックス以外のほとんどの楽器とドラム等の打ち込みは Macus が担当しています。