1996年のある週末、いつものように渋谷のタワーレコードかHMVでCDを買って帰りかけていた時、唐突に「高校の頃に友達と、ここらへんの感じのよいレコード屋に来たことがあったな」と思いだしました。
実はそのころ、同じアーティストの作品ばかり、それも決まった店で買うことが続いていて、退屈気味だったのです。たまには目先を変えてみよう、と思いその店を探してみることにしました。
不思議なことに20年近く前に一度行ったきりなのに、階段を上ったところにあるその店にすぐに辿りつきました。今はなき「シスコ・レコード」のテクノ店です。
もっとも、前に行った時は70年代ですから、当然「テクノ店」ではなかったのですが・・・
中に入ると、真ん中のスペースと壁側のほとんどはアナログ・レコードで、CDが置いてあるスペースはごくわずかです。
当時、レコード・プレイヤーは壊れてしまっていて、また聴きたい作品のほぼ全てをCDに買い替えていたため、レコードは聴いていませんでした。
何か場違いな感じがしながらCDを物色して、何も分からないまま、ジャケットのセンスだけで一枚購入。
とても幸運なことに、それは当時「テクノ・ゴッド」とまで形容されていた日本人アーテイスト、Ken Ishiiの別名義Flareの「GRIP」というアルバムでした。
目が覚めるような鮮烈で不思議な響きの音とリズム。冒頭の音から一瞬で魅了されました。
この作品の発売日から、それは1996年の10月末頃のこと、ということになります。
それからは毎週末のように「シスコ」に通い、CDを2枚、3枚と買うことになります。
まずには「GRIP」と同じSublime Recordsレーベルの作品を中心に、他はジャケットやアーティストの顔から「エイヤ!!」で選びました。
当たりもハズレもあったけど、僕にとっての「新しいアーティスト」を探すことを、久しぶりに楽しんでいました。
そんな1996年の12月、FUMIYA TANAKA(田中フミヤ)のMix-CD、「MIX-UP Vol.4」に出会ったのです。
FUMIYA TANAKA / MIX-UP Vol.4
1:JAMM'IN(MXU EDIT) / FUMIYA TANAKA
2:INSISTENCE / FUMIYA TANAKA
3:SPEAK TO ME / REGIS
4:PUMP IT / DJ FUNK
5:HANGOVER / DJ POWER OUT
6:STEP TO ENCHANTMENT(STRINGENT) / MILLSART(JEFF MILLS)
7:FLASH / FIX
8:ARMANI TRACKS PART.2 / ROBERT ARMANI
9:WIGGLE / WYNDELL LONG
10:GLOSS / FUMIYA TANAKA
11:THE DANCER / JEFF MILLS
12:LANGUAGE BARRIER / SURGEON
13:WHY?+FOR WHOM? / STEVE BICKNELL
14:LEAF / MORGANISTIC
15:DEMOLITION MAN / 2-MEN ON WAX
16:TOGGLE(ORIGINAL MIX) / TAN-RU
17:DISTORTION / DJ SKULL
18:STOP SCREAMIN / WAX MASTER MAURICE
19:#2(MXU EDIT) / FUMIYA TANAKA
20:FUNKY SQUAD / KARAFUTO(FUMIYA TANAKA)
21:PUMP THE MOVE / E-DANCER
22:RELAY / BLUE MAXX
23:#1(MXU EDIT) / FUMIYA TANAKA
24:WET FLOOR / TRAXMEN
25:NO TITLE / DEAN&DELUCA
26:REVERTING / THE PURPOSE MAKER(JEFF MILLS)
27:CRIMES&MISDEMEANOURS / MORGANISTIC
28:ENCOUNTER / OUTLINE
29:JAVA / JEFF MILLS
30:IT ONE JAH(STEVE BICKNELL RE EDIT) / ADVENT
31:ALLERSEELEN(JEFF MILLS REMIX) / DJ HELL
32:ENFORCEMENT(MILLS MIX)/ CYRUS
33:i9 / JEFF MILLS
34:B2(AX-009) / JEFF MILLS
34曲も入っていますが、曲ごとの切れ目(信号)は入っていません。全体で1トラックです。
収録時間は76分50秒、ライブ録音のため最後に歓声――フミヤ!!と叫ぶ声など――が入っているのを除くと約76分20秒で34曲。1曲平均2分15秒のペースで、同じテンポで曲が入れ替わります。その中でも圧巻なのは4曲目の「PUMP IT」。ファンキーかつワイルド。
DJのMIXでは、前の曲と少しづつ入れ替わりながら次の曲が入ってくるのですが、田中フミヤのMIXでは、重ねる長さが特に長く、前の曲が長く尾を引いて後の曲と同時に鳴っています。前の曲に加えて、さらにその前の曲が鳴っている、つまり同時に3枚のレコードが回っていることもあります。
また、音が重なっても殺しあわないように高・中・低の各音域をイコライザーで調整したり、エフェクトをかけて変化させたり、というテクニックも駆使されています。
そして、1曲1曲が長い組曲のうちの一部であるように感じるくらい、自然で違和感なく続き、「有機的」という形容がピッタリくる一つの流れを作り上げています。
入っている曲はほとんどが、メロディーらしいメロディーや展開も少なく、同じようなリズムを繰り返すミニマル・テクノと呼ばれる曲です。DJがかけるのに向いているためか、「DJユース」などと言われることもあります。
僕も、34曲中8曲に関与しているJEFF MILLSの曲を編集したCDや、翌97年に出た田中フミヤ自身の曲のアルバムなど、CDでミニマルの曲を聴いてみました。
最初は「なるほど、聴くためでなくDJがかけるための曲だ」と思ったくらい無愛想な印象でした。しかし、それぞれに強い個性や「色」、反復するリズムの快感もあり、やがて、好んで聴くようになりました。
そして、クラブで最初に田中フミヤのプレイを聴いたのは、2年以上経った1999年の初め頃。西麻布のYellowで、5時間以上に及ぶ彼のDJ全てにつきあい、さすがに疲れましたが、素晴らしい体験でした。
それからまた何年か経って、レコードプレーヤーを買い直し、今度はレコードを買いに「シスコ」に通うことになったのです。