サムルノリが来日することを知ったのは、1984年の10月初め、一般雑誌の記事からでした。近く、芝の増上寺で公演を行うというのです。
それ以外の情報で得られたのは、彼らが韓国の伝統的農楽に使う4種類の楽器を駆使する4人グループで、欧米で絶賛されていること、坂本龍一も強い関心を持っていることくらいです。
前年の1983年以来、ナイジェリアの King Sunny Adé(Synchro System の記事参照)の音楽や、Fela Kuti、インド系イギリス人 Sheila Chandra のヴォーカル(Third Eye の記事参照)に魅了されていました。
1984年の夏の Live Under the Sky では、Herbie Hancock のバンドに、西アフリカ・ガンビアの伝統楽器奏者の Foday Musa Suso が参加、さらにジャマイカのレゲエ・グループ Black Uhuru が出演しています。
このように「世界は素晴らしい音楽で満ちている」というワクワク感があった時期、お隣の国の「ワールド・ミュージック」を聴かないという手はなく、基礎知識もほとんどないままにサムルノリのライブを聴きに行くことにしました。(以下のサムルノリに関する知識や用語は、のちに雑誌やCDの解説書で得たものです)
公演は1984年10月の晩、野外で行われました。
増上寺の本堂と東京タワーを背景に、ステージがしつらえられています。香が焚かれ、虫の音が聴こえる中、伝統的な衣装を身にまとった四人の男たちが静かに現れ、あぐらをかいて楽器を構えます。
アレッ? 4種類と聞いていたのに、皆同じ楽器です。日本の鼓を大きくしたような形で、腹の前で抱え、細いバチで鋭く叩きます。
このチャンゴ(枝鼓)という楽器が4台、同じリズムを叩いたり、それぞれ別のリズムを打ち出しながら、連続して曲を演奏していきます。強くて、鋭く、張りつめた音が耳に突き刺さります。
このあとのパートで、4種類の楽器が出揃います。
チャンゴのほかに、プク(鼓)という、スネア・ドラムくらいの大きさの両面を叩くタイコがあります。固く重たい低音です。
他の2つは金属の楽器です。ひとつはチン(鉦)という、スキヤキ鍋のような形、大きさのドラです。木の枠からヒモで吊るし、先を糸でぐるぐる巻いて膨らませたバチで叩き、ゴォ~~ンと長く尾をひく音を出します。
もうひとつは、チンを小さくしたような形のケンガリ(小鉦)です。内側に手をあて、指や手のひらで力を加減することによって、音色や音程を調整しつつ、小さなバチで鋭い金属音を叩き出します。
プクの音に先導されて、唄が始まります。突きあげるような、エー、イーという掛け声の入った抑揚の強いメロディーです。歌詞は、お経や祝詞のように宗教的な意味を持っているようです。
唄が終わると、4種の楽器が静かに鳴りだします。リズムを次々に変化させながら、テンポを速め、高揚していきます。
チャンゴの鋭い音、重たいプクの音、2種類の金属打楽器が叩き出す響きには、サイケデリック、トランスという言葉がピッタリ当てはまります。
終盤のクライマックスでは、チンの奏者がケンガリに持ち替え、2つのケンガリで掛け合いをします。その音は「耳に突き刺さる」を通り越して、脳天を直撃し、ガンガン響く感じでした。
さらに最後のパートが圧巻です。四人が輪になって、楽器を演奏しながら踊ります。ジャケット写真のように、かぶった帽子のてっぺんに長い帯が付いていて、それを頭でぐるぐる回しながら踊るのです。さらには、側転しながら跳び廻ります。
演奏の最後には、メンバー4人が聴衆に手招きをして、ステージに引き上げ、一緒に踊り始めます。いま思い返すと赤面ものですが、僕もその踊りの輪に参加してしまいました。
これほどまでに強い印象だったため、レコードを買うのにはためらいがありました。ライブの感動とは比べ物にならず、聴いてみてガッカリ…と、なりはしないか、不安だったのです。
ですが、このレコードを買って聴いてみて、正解でした。音が拡散しがちな野外とは違って、スタジオでの録音のため、一つ一つの音が際立って聴こえてきます。演奏もエキサイティングで、ライブの時の感動がよみがえってくるようです。
おかげで、ライブでの感動や記憶をいまも長い間、頭に留めておけている、といってもよいでしょう。
もちろん、CDやレコードを聴くだけでも、彼らの音楽の素晴らしさは充分に堪能できます。
SAMUL-NORI / DRUMS AND VOICES OF KOREA(1984年)
A1:Binari(祈禱詞)
A2:Woodo-kut(右道クッ)
B1:Youngnam Nong-ak(嶺南農楽)
B2:Uddhari-poongmul(ウッタリ風物)
サムルノリは、漢字では「四物遊撃」と書きます。僕が聴き始めた頃は、特定のグループの名称でしたが、現在では、4種の楽器を使った、韓国の農楽に由来する音楽全般を意味するようになってもいるようです。なお、この作品には、上記冒頭で紹介したチャンゴ4台での合奏は収録されていません。
レコード・ショップのサイトを見たところ、2001年、2008年、2013年と、CDが再発売されています。中古CDとして比較的容易に入手できるようです。