取っつきにくい地味なテクノ
10年以上にわたり、まさに頻繁に聴き続けているアルバムです。MAAYAN NIDAM(マーヤン・ニダム)が2012年にリリースした「NEW MOON」です。
最初の印象はイマイチでした。地味で、淡々としていて、取っつきにくいのです。「ハズレを引いたかな?」とも思ったほどです。
テクノに分類される作品です。
ただし、ミニマル・テクノのような、四つ打ちで突き上げてくるビート感はありません。デトロイト・テクノのような、耳に残るシンセサイザーの音色やシークエンスもありません。
目立つ装飾的な音もなく、比較的静かに展開していきますが、かといってアンビエントといえるような透明な空気感もありません。
やがて魅せられることに
1曲目は「On My Street」です。短い作品ですが、アルバム全体のイメージを代表しています。サンプリングと思われるミドル・テンポのドラムの上に、漂うようなボーカル・サンプルとピアノ、ギターが交錯します。これらは、いずれもくぐもった響きの小さな音に絞られています。
2曲目「Harmonious Funk」も、1曲目とよく似た印象です。シンプルなドラムパターンに控え目な音圧のシンセが重なります。シンセは、ドライブ感を加速させるようなシークエンスをつくり出すこともなく、漂うように背後に流れます。低音でつぶやく女性ボーカルもそこに加わりますが、いずれにしても曲が盛り上がることなく淡々と進む展開です。
3曲目は「Trippin' Over You」です。地味なサウンドは2曲目までと変わりません。何かピンと来るものも当初はありませんでした。ただし、いまでは僕はこの曲に引きずり込まれています。特に、終盤で挿入される子どもの声のようなボーカル・サンプルなど、不気味さを通り越して魅力的です。
5曲目「Send A Pigeon」では、四つ打ちならぬ「二つ打ち」のシンプルなドラムの上に、シンセのシークエンスが長い時間をかけてフェードインして来ます。グルーブを加速させるようなパターンではありませんが、ジワジワと迫る妖しさに魅せられます。
6曲目「Undermine」には、ジェームス・ブラウンのシャウトが挿入されています。ヒップ・ホップなどで度々サンプリングされるものです。彼の声といえば、エネルギッシュでワイルド、やんちゃなイメージが強いのですが、この曲ではアーティスティックで密室的な響きを醸し出しています。
謎はいまだ解けない
このアルバムを僕は最初にCDで聴きました。購入したきっかけは、アーティスト以上にレーベルへの期待でした。Cadenza(カデンツァ)というレーベルです。ミニマル・テクノの第一人者 Luciano(ルシアーノ)が主宰しています。
カデンツァの作品は、ミニマル・テクノのビートの上に、魅力的なメロディや、華やぐ音色が重なるといったサウンドで知られています。そのため、僕はこの「NEW MOON」にも、同じようなテイストを期待していました。
ところが、実際に聴いてみると、想像していたような音はさっぱり聴こえて来ません。
CDの解説書を読むと、「マーヤン・ニダムはイスラエル出身の女性DJであり、アーティスト」などと書かれています。その上で、「女性的柔らかさ」「タフ」「ディープ」「ルーディ」(Rudy=不良を表すスラング)と、いった評価も記されています。
ですが、それらは一聴した限り僕には何も感じられず、イスラエル=中東的な味わいが見られるわけでもありません。代わりに感じたのは、地味で取っつきにくい――冒頭に書いたとおりの印象のみでした。
それでも、なぜなのか? 僕はこのアルバムをその後10年以上経ったいまも、ヒマあるごとにしょっ中聴き続けているのです。
その理由は、自分でもよくわからないのですが、おそらくこの作品にはどこかドラッギーな魅力があるようです。
たとえば、コンガやカウベルといった目立つ音もない、大変不愛想なドラムですが、僕はこれを聴き返すごとに、なぜかどんどん引き込まれていきました。
どの曲のドラムも同じように聴こえつつ、実は、バスドラ、スネア、シンバルの音色や音量は微妙に異なっています。ビートを際立たせる上物にも、同じような違いが聴き込むほどに感じられます。そこが、魅力といえばたしかに魅力です。
しかし、それだけなのか? 別のものにも僕は惹かれているような…
謎が解けない不思議なアルバムです。
曲目リストとリリース状況
MAAYAN NIDAM / NEW MOON(2012年)
1:On My Street
2:Harmonious Funk
3:Trippin’ Over You
4:The Great Suspenders
5:Send A Pigeon
6:Undermine
7:Sunday Sunday
8:Lies In Love
9:Last Moon
10:Boastful
11:Never Forever
(以上はCD、配信の曲目、曲順)
CD、LP、配信があります。本文に記載した曲順は、CDと配信の曲順に沿っています。LPは通常サイズ(12インチ)のレコードが2枚、シングル・サイズ(7インチ)が1枚という、変則的な構成の3枚組になっています。曲順は以下のとおりです。こちらには「Sunday Sunday」は入っていません。
(12インチ・レコード)
A1:Harmonious Funk
A2:Trippin’ Over You
B1:The Great Suspenders
B2:Undermine
C:Last Moon
D1:Send A Pigeon
D2:Boastful
(7インチ・レコード)
a1:On My Street
a2:Lies In Love
b:Never Forever