INTRODUCING THE HARDLINE ACCORDING TO TERENCE TRENT D'ARBY ――直訳すると「テレンス・トレント・ダービーによる強硬路線の紹介」といったところでしょうか。
このアルバムを購入するきっかけとなったのは、3曲目「Wishing Well」のミュージック・ビデオでした。'87年当時にTVで放映されたものを視聴。強烈な印象でした。
すぐに頭に浮かんだのは、Prince の「Girls & Boys」でした。アルバム「PARADE」('86)に収録されている曲です。
「こりゃ Prince みたいなアーティストだ。ダンスも似ている。かなり影響を受けているんじゃないだろうか? とはいえ、Prince のまがいものには見えない。それどころか、この人、Prince の背中を追いつつ彼を超える存在になるのでは…!」
当時、スタイリッシュでク-ルなこの映像を観た世界中の何人もが、僕と同じ予感を抱いたはずです。
早速、アルバムを買いに走りました。
1曲目「If You All Get To Heaven」は、小さな音量のイントロのあと、重々しい男声コーラスが響く、ゴスペル調といった形容がぴったりな曲です。歌詞も「If you all get to heaven, say a prayer for my mother ~みんな、天国に行ったら僕の母のために祈ってくれ」と、何やら厳粛な雰囲気でスタート。
一方、ドラムは打ち込みで、コーラスの入らないソロでのボーカル・パートではエレクトロファンク的な展開が醸し出される、といった作品です。
続く2曲目「If You Let Me Stay」は、一転して明るく軽快なソウルになっています。当時の僕の耳にも「ひと昔前の音楽だな」と感じられたような、そんな曲調です。
そして、3曲目がさきほどの「Wishing Well」です。映像と同じバージョンのものが収録されていました。
力強さと軽やかさが共存するミドルテンポのファンクドラムに、ブーンと同じ音を伸ばすベース、ハスキーでソウルフルな Terence Trent D'Arby 本人の美声。
キーボードやギターも加わるものの、それぞれの音数は少なくシンプルです。歌も、同じメロディーの繰り返しです。
さらには、サックスの低音やシンセのリフが、間奏部分でリズム楽器のように振舞う、ミニマルでシンプルなニューウェーブ的サウンドとなっています。
1曲飛ばして、5曲目「Dance Little Sister」は、ブラスサウンドのリフがクールなファンクです。
6曲目「Seven More Days」は、重厚なコーラスやシャウト、さらにロックギターが印象的なスローな作品。
7曲目「Let's Go Forward」では、ニューウェーブ的な打ち込みのドラムにファルセットボイスが切なげに重なります。
さらに、8曲目「Rain」は、レゲエ的な快速リズムパターンのポップ・ロック。
10曲目「As Yet Untitled」は、Terence Trent D'Arby のボーカルのみによるアカペラ作品――と、いったところです。
全てを聴き、変幻自在で多彩なサウンドにすっかり魅了されました。
一方で、僕がこのアルバムを手にするきっかけとなった”Prince 的なサウンド”を感じたといえるのは、結局のところ「Wishing Well」だけでした。その点では予想が外れた格好です。
ですが、そんなことよりも、Terence Trent D'Arby というアーティストについて、僕はこのアルバムを通し、「Prince を追っているのではなく、すでに対等の存在として対峙している」と感じさせられました。
音楽性など、根本的なところで両者に似た部分は多いものの、Terence Trent D'Arby=TTD は TTD として、今後、存在感をさらに示していくようにその時点では思えたものです。
いまは忘れられたアーティストのひとりともいえる彼をそんな経緯から過去に認め、現在も認めているプリンスファンは、僕同様、数多い気がします。
INTRODUCING THE HARDLINE ACCORDING TO TERENCE TRENT D'ARBY(1987年)
1:If You All Get To Heaven
2:If You Let Me Stay
3:Wishing Well
4:I'll Never Turn My Back On You(Father's Words)
5:Dance Little Sister
6:Seven More Days
7:Let's Go Forward
8:Rain
9:Sign Your Name
10:As Yet Untitled
11:Who's Loving You
LPとCD、配信があります。LPは1~6がA面、7~11がB面です。
Terence Trent D'Arby は、2001年に Sananda Maitreya(サナンダ・マイトレイヤ)と改名しました。冒頭の写真は2020年に再発売されたLPのものであるため、下に小さく「Now known as SANANDA MAITREYA」と記されています。