Miles Davis の「Kind of Blue」や「Nefertiti」を聴いていると、その美しさにうたれると同時に、録音中のピリピリとした雰囲気までが伝わってくる気がします。
1枚のリーダー・アルバムを作り上げる、ということは、ほとんどのアーティストにとって精神的・肉体的に大変なストレスをかかえる作業なのでしょう。名作であればあるほど、このようなプレッシャーの下で生れるものかもしれません。
でも、それとは全く逆の印象を与える名作もあります。参加アーティストが、ノビノビと楽しげに演奏している様子が聴き手にまで伝わってくるような作品です。
サクソフォン・プレイヤー、Wayne Shorter の「Native Dancer」は、そんなアルバムです。
このアルバムは僕にとって、Milton Nascimento との出会いとなった作品で(Milton Nascimento / Minas の記事参照)、9曲中5曲がMiltonの曲です。Herbie Hancock の曲も1曲あり、2人とも唄や演奏で参加しています。
Wayne の曲は3曲だけ。もちろん全曲でサックスを演奏していますが、リズム楽器ではないので、演奏するのは一部分だけ。アレンジやディレクションでも関与してはいるのでしょうが、彼のリーダー性が希薄であることに変わりはありません。
そのことを象徴するような曲が、Milton 作曲の1曲目「Ponta de Areia」です。
Milton のファルセット・ヴォイスと彼の相棒的存在の Wagner Tiso のエレピのユニゾンから始まります。そのあと、ベース、ドラムとともに、Herbie Hancock のアコースティック・ピアノが加わります。
最初のメロディが終わり、一瞬のブレイクのあとに、ようやくWayne のソプラノ・サックスのソロがはじまるのです。
アルバム・ジャケットにも「Featuring Milton Nascimento」とあり、「このアルバムの良さはMiltonの良さだ」などと評する向きもあるようです。
僕は、Milton も Herbie も大ファンで、「Native Dancer」に提供された6曲のうちの5曲を彼らのリーダー・アルバムでも聴いています。
しかし、この5曲とも「Native Dancer」のヴァージョンの方が僕は好きです。
自身のリーダー・アルバムとは違ってプレッシャーがないためか、ノビノビと自由に演奏しているような印象があるのです。
しかも、リーダーである Wayne 自身が一番リラックスし、自由に演奏している感じがします。
このアルバムの白眉といえるのが、A面最後の「Miracle of the Fishes」です。後半、Milton のファルセットと Wayne のサックスの共演の美しいこと!!!
テナー・サックスからソプラノ・サックスに持ちかえるあたりの演奏を聴くと、まさに「背中に電気が走る」という感じです。
「Native Dancer」制作のキッカケは、Wayne が夫人から「なぜあなたは Milton Nascimento と一緒にレコードを作らないの?」といわれたことだそうです。
そして、Milton の話によると、曲を決める打ち合わせの際、彼が1曲唄うたびに、Wayne が毎回「いいね、それをやろうよ」と繰り返すので、しまいには「これは君のレコードだよ、僕のじゃない」と返したそうです。それでも Wayneは「ノー、ブラザー、ブラザー!」と言うばかりで、結局5曲採用された、とのこと。
このような経緯も併せて考えると、このアルバムは、Milton Nascimento の曲を採用することで曲作りの負担を減らし、Herbie Hancock など手の内を知り尽くしたミュージシャンを集めた上で、Wayne 自身は思いっきりリラックスして、ソロを吹きまくることに専念した作品なのだ、と思えてきます。
そして、そんな彼の姿勢が、参加した他のアーティストにも“伝染”しているようです。
「Milton も Herbie も自由にリラックスしてやってくれ。でも忘れないでくれよ。これは、僕が演奏を最高に楽しむアルバムだからね!」
そんな Wayne の声が聞こえてくるような気もします。
Wayne Shorter / Native Dancer(1974年)
A1:Ponta de Areia
A2:Beauty and the Beast
A3:Tarde
A4:Miracle of the Fishes
B1:Diana
B2:From the Lonely Afternoon
B3:Ana Maria
B4:Lilia
B5:Joanna's Theme
*A1、A3、A4、B2、B4が Milton Nascimento の作曲で、ボーカルとギターでも参加。Herbie Hancock は、B5の作曲のほか、A1、A2、A3、B3、B5にピアノで参加しています。
*B3の曲名は、本文にふれた Wayne の夫人の名前です。