ポップな感覚
CASSY(Cassy Britton = キャシー・ブリットン)は、テクノ、ハウスの代表的女性DJです。
ですが、僕の印象では、彼女が創り出す音楽にテクノやハウスの持つ強烈なビート感は希薄です。むしろ、ソウルやヒップ・ホップに近い、よりポップな感覚です。2016年発売のアルバム「DONNA」では、特にその傾向が強くなっています。
1曲目は「This Is How We Know」。冒頭に現れる音は、バスドラムの連打とハンド・クラップ音、すなわち'80年代初頭のラップのリズム・トラックのようなドラムです。ですが、その上に乗るのはラップではなく、キャシー自身による歌です。短いフレーズのメロディーが繰り返され、トラックにシンクロするかたちです。なお、このアルバムでは、7曲目を除いた全ての曲に彼女のボーカルが入ります。
2曲目の「Feel」は、典型的なテクノです。等間隔のバスドラが鳴り続け、細かなフレーズのシークエンスがそこに重なります。ただし、四つ打ちではなく3拍子なので、テクノの標準からは外れているともいえます。バスドラのアタックは強くなく、ビートは柔らかく、しなやかさを感じさせます。サウンド全体に質感が漂う作品です。
3曲目「Back」もテクノです。こちらは四つ打ちです。やや暗めでメローな雰囲気の歌が、柔らかなサウンドとマッチしています。
リメイクと'70〜'80年代
4曲目は、スティービー・ワンダーの'80年のアルバム「Hotter Than July」に収録された「All I Do」のリメイクです。原曲にある「All I do ~ Is think about you」と唄う部分が、コールアンドレスポンスで繰り返され、テクノ的で柔らかなトラックに乗せられます。メロディーも原曲とは異なり、リメイクというよりも、原曲にインスパイアされたオリジナルといった印象です。
5曲目「Strange Relationship」もリメイクです。こちらは原曲('87年のプリンスの「Sign O' The Times」に収録)に忠実なメロディーが唄われます。ドラムはゆったりとしたソウル的なノリです。'70年代のソウルやフュージョンでよく使われた、クラビネットのような音のリフが重なります。
6曲目「Cuando」にも、クラビネットのような音が入ります。さらに、ジャズドラムで使われるブラシの音も入り、'70年代後半から'80年代くらいのフュージョンを連想させるサウンドとなっています。
ちなみに、CASSYはインタビューの中で、自身にとってのエレクトロニックミュージックは「'70~'80年代に聴いていた音楽」と、いった意味の発言をしています。いま紹介した6曲目や、その前の5曲目、さらに1曲目を聴くと、たしかにこの時代の音楽からの影響が顕著です。
音のコレクター
7、8、9曲目は、テクノ的なトラックです。なかでも7曲目「Route To Thonon」は、アルバム中もっともストレートでハードなテクノです。この曲のみ、ボーカルはありません。
8曲目「Keep Trying」では、2種類のボーカルのリフが、他のテクノ的なフレーズや、メカニカルなシンバルの音と響き合っています。不思議な雰囲気のサウンドに仕上がっています。
9曲目「Move」も、ボーカルが独特です。引きずるような、うなるような響きが奇妙にも感じられる1曲です。
10曲目「Without You」は、展開のある長いメロディーの歌になっています。バスドラの多いドラム、パーカッション、跳ねるようなシンセサイザーのリフといった辺りに、'80年代の音に寄せた意図を感じます。
11曲目「What If」は、リズムボックスのような音の打ち込みのドラムが特徴的な作品です。8曲目と同様、複数のボーカル・フレーズと他のリフが共鳴して、スリリングなサウンドを創り出しています。
最後の12曲目「You Gotta Give」は、'80年代始め頃のテクノポップのようなサウンドに仕立てられた1曲です。
以上、全体的には、暗めでメローなボーカルと柔らかなサウンドに彩られた、深みのある作品といったところが、このアルバムの印象です。ミステリアスな雰囲気を感じるという人もいるでしょう。
さきほどふれた'70、'80年代以外にも、さまざまな時代の音楽を上手に取り込んで消化し、さらには昇華させていると感じられるこのアルバムは、僕が思うに、いかにも「音のコレクター」であるDJならではの作品です。
曲目リストとリリース状況
CASSY / DONNA(2016年)
1:This Is How We Know
2:Feel
3:Back
4:All I Do
5:Strange Relationship
6:Cuando
7:Route To Thonon
8:Keep Trying
9:Move
10:Without You
11:What If
12:You Gotta Give
LPとCD、配信があります。LPでは1~3がA面、4~6がB面、7~9がC面、10~12がD面となっています。