チャレンジがみえる前半
坂本龍一のソロ・デビューアルバム「千のナイフ」(THOUSAND KNIVES)を僕が初めて聴いたのは、1986年の始め頃です。LPではなくCDでした。
LPの発売は1978年です。YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)の1stアルバムがリリースされる直前です。それを遅ればせながら約8年後に聴いたことになるわけです。
1曲目「THOUSAND KNIVES」のサウンドは、革新的でシリアスです。
冒頭はボーコーダーのみによる独唱です。それが1分半続きます。そこで「ちょっと暗いな」と感じていると、ドラムマシーンとシンセサイザーの厚いコードに唐突に移り変わります。次いで、メインのメロディが始まります。
複雑でメカニカルなこのメロディは、ポップ的でもロック的でもありません。現代音楽的なラインを奏でます。続く荘重なサウンドのBメロ、うねりつつせり上がっていくブリッジも、やはり現代音楽的です。
中盤からはサンバ風なパーカッションの音も加わります。ですが、その響きはどこか不穏です。最後は、シンセの細かいシークエンスが飛び交い、地の底まで落ちていくかのような下降音で締めくくられるかたちです。ビートは強く、躍動的ですが、ポップ性や明快さは希薄な1曲です。
2曲目「ISLAND OF WOODS」は、民俗楽器(ブラジリアン・バードホイッスル)による鳥の声のような音で始まります。メロディは1曲目よりもさらに複雑で、特定の調性を感じない旋律が続きます。ドラムなどの打楽器音が入らないこともあり、何拍子とも判別しがたいリズムです。
さらに、それが途切れたあとは、シンセ等によるノイズ的な音が散りばめられる展開となります。野外でサンプリングされた行進曲の音も入り、最後は波の音で終わります。「前衛的」「アブストラクト」といった言葉がぴったりくる曲です。
3曲目「GRASSHOPPERS」は、坂本龍一と、クラシックや現代音楽で活躍する高橋悠治によるピアノ・デュオが基本の曲です。軽快で明るいメロディ、かつ、音階や響きは「クラシックのピアノ曲」といった感じです。リズムは6拍子あるいは3拍子、変則的かつ実験的な印象です。
様子が変わる後半
続いて後半です。LPだとB面になります。ここからサウンドは一変します。
4曲目「DAS NEUE JAPANISCHE ELEKTRONISCHE VOLKSLIED」は、曲名に JAPANISCHE が入るとおり(というより曲名どおりなのですが)、日本民謡を連想させる作品となっています。
ちなみに、クレジットを見ると、山下達郎がカスタネットで参加(!)しています。それ以外はシンセと、ドラムマシーンやシークエンサーの打ち込みのみで構成されています。
メロディもリズムも、伸びやかでのんびりとした1曲です。挿入される装飾音的なシンセがサウンドを華やかに色付けます。ブリッジ部分などでクラシック的な和声も加わりますが、ポップな曲調の中、効果的なアクセントになっているようです。
この曲で使われている機材は1曲目の「THOUSAND KNIVES」と同様です。ですが、サウンドの印象はまったく異なります。とても軽快で明るく、ポップに響いてきます。
続く5曲目、ユーモラスで跳ねるようなリフが印象的な「PLASTIC BAMBOO」、6曲目、YMO のライブでも定番の「THE END OF ASIA」、これらにおいても4曲目と同じ傾向のサウンドが展開します。シンセと打ち込みによるポップなメロディと、軽快なリズムが奏でられる作品です。
感じたふたつの懐かしさ
ところで、このアルバムを始めて聴いたとき、僕が感じたのは2つの「懐かしさ」でした。
そのうちのひとつは、後半4~6曲目に特に感じたものです。
当時('86年頃)、シンセサイザーやドラムマシーンなどの音は、すでに生楽器と容易に区別できないほどのものになっていました。
それに比べると、'78年発売のこのアルバムから聴こえて来る音は、一聴して機材の音と判別できるものでした。いわばチープで、しかしながらある意味心地よいともいえるものでした。
そこに加えて、このアルバムの後半4~6曲目のシンプルでポップなメロディーやサウンドは、典型的なテクノポップでした。PLASTICS や初期の YMO が思い起こされるもので、まさに懐しさに溢れたサウンドでした。
もうひとつは、もっと古い時代を思い起こさせる懐かしさです。それを感じたのは1~3曲目です。
'70年代前半、ロックでも、ジャズでも、多くのアーティストが必死に「尖がろう」としていた(と、僕には思える)時代の音を僕はこのアルバムの前半に感じたのです。
すなわち、ポップであることよりも、革新性や芸術性を重視するシリアスなサウンドです。この70年代前半的な雰囲気を引き継ぐサウンドが、僕にはとても懐かしく、また刺激的でした。
曲目リストとリリース状況
坂本龍一 / 千のナイフ(1978年)
RYUICHI SAKAMOTO / THOUSAND KNIVES
1:THOUSAND KNIVES
2:ISLAND OF WOODS
3:GRASSHOPPERS
4:DAS NEUE JAPANISCHE ELEKTRONISCHE VOLKSLIED
5:PLASTIC BAMBOO
6:THE END OF ASIA
LPとCD、配信があります。LPでは、1~3がA面、4~6がB面です。