パーカッショニスト Airto Moreira(アイアート・モレイラ)の3rdアルバム「Free」は、1972年にリリースされた古い作品です。僕は約40年遅れて、2010年頃にCDで購入しています。「Airto が参加した、他のアーティストが主導するセッションを集めたオムニバス」と、いった趣きの作品です。
1曲目「Return to Forever」が、まさにその典型です。ノン・ビートの静かなパートと、軽快なスキャットとともにリズムが躍動するパートが交互に繰り返される、ラテン・フレーバーの名曲です。
この曲は「Free」以前に、作曲者 Chick Corea(チック・コリア)自身による、その名も「Return to Forever」というアルバムで録音されています。これに Airto も参加しています。「Free」でのバージョンは、このセッションと曲想やアレンジだけでなくメンバーまでほとんど一緒です。Chick もエレクトリックピアノで参加しています。
両方の違いといえば、「Free」の方では終盤にブラス・パートが入ることなどでしょうか。ブラスのアレンジは Airto によるものではありません。また、彼のパーカッションも叩き過ぎず、存在は控え目です。そのうえで、Chick のアルバムでのセッションとは異なるトライバルなテイストが感じられる作品です。
Airto のこのような演奏スタイルは、Miles Davis(マイルス・デイヴィス)のライブアルバム「Live-Evil」でも観察できます。このセッション(同じ晩に収録のライブ4曲・86分)のドラマーは Jack Dejohnette(ジャック・ディジョネット)ですが、彼はとても手数が多く、空間を埋め尽くすタイプです。ですが、そのような相手であっても Airto は巧みに隙間を見つけては音を流し込みます。乱暴に叩き込むわけでなく、あくまで最小限のワザでサウンド全体を彩っています。
なお、このセッションには Keith Jarrett(キース・ジャレット)もエレピとオルガンで参加しています。Airto との絡みも印象的ですが、その Keith がピアノで加わっているのが「Free」の2曲目「Flora’s Song」(作曲:Flora Purim)です。
この曲は、壮大なブラスが入るのとともに、テンポもゆったりとしたスケールの大きな作品です。Keith の音の粒がそろった優美なピアノや、Hubert Laws(ヒューバート・ロウズ)のフルート・ソロなどが前面に出てくる展開ですが、Airto のドラムとパーカッションはそれらを背後から支えています。終盤に聴こえる彼のビリンバウ(弦と打楽器を組み合わせた民族楽器)も、また印象的な1曲です。
3曲目が、アルバムのタイトルにもなっている「Free」です。これのみが Airto の作曲です。はっきりとしたメロディーの存在する曲ではなく、彼を中心としたその名のとおり自由なセッションです。Airto は、この作品でパーカッションのみならずウッド・フルートを吹いたり、ビリンバウをギターのように奏でたり、さらに唄ったりもします。民族的でミステリアスな世界を広げてくれています。
4曲目「Lucky Southern」は、Keith Jarrett の作曲で、彼自身がピアノを弾いています。ギターには George Benson(ジョージ・ベンソン)という大物も加わります。次いで、5曲目「Creek(Arroio)」(作曲:Victor Brazil)には、Chick Corea が再び参加します。両作品ともに軽快で爽やかなフュージョンになっていますが、Airto はその調べに沿いながらも、曲をさらに盛り上げる役割を担っています。
以上5曲。「Free」以外では Airto は主役とはならず、打楽器奏者の役割に徹しています。決して前に出てくることはありません。なので、このアルバムは Airto 当人よりも、ややもすれば著名なゲストによるパフォーマンスの方に、つい関心を引かれてしまいがちなものともいえそうです。
とはいえ、このアルバムでは、実は Airto がドラムも兼ねています。つまり、打楽器演奏者はほかにはまったく参加していないのです。彼のドラムは一定のパターンを打ち出すことでリズムをキープするだけでなく、一方ではパーカッションのように自由に音を叩き出します。そのためすべての打楽器の音は、彼の手の内で音が判別できない部分もあるほど一体化しています。それがアルバム全体の味を魅力的に醸し出しているわけですが、この作品における Airto の存在の意義を僕は強くそこに感じています。
70年代初頭、Airto は Miles Davis、Weather Report、Return to Forever など、名だたるユニットやアーティストの演奏に招かれています。高い評価の表れといえるでしょう。
Airto Moreira / Free(1972年)
1:Return to Forever
2:Flora’s Song
3:Free
4:Lucky Southern
5:Creek(Arroio)
レコードとCDがあり、度々再発売されています。レコードは1、2がA面、3、4、5がB面です。配信は「Deezer」のみです。