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CAMEO / WORD UP! ~ヤバすぎるインパクトにやられ、速攻でレコード店に


1986年のある日、テレビで見た Cameo(キャメオ)の「Word Up」のミュージック・ビデオはまさに強烈でした。


Cameo は Larry Blackmon(ラリー・ブラックモン)を中心とする3人(当時)のグループです。その Larry が、唄い、踊り、バイクに跨り、ディスコに繰り出し、そこへ警官が踏むこむ…といった内容の映像ですが、ダンスなどのパフォーマンス以上にインパクトを感じたのは、彼のファッションです。


四角く整えられた独特の髪型、左右が垂れ下がった太い口髭、そんな顔の印象も強烈なのですが、それだけではありません。黒の革ジャン、筋肉質の体には黒いレオタード、股間には真っ赤なファウルカップをハメている――かなりヤバいスタイルです。


しかも、その音楽といえば、当時の僕にとっては映像を上回るほどのインパクトでした。何よりも印象的だったのは、ドラムとベースによる独特のサウンドです。ゆったりとしたテンポで、音数は最小限といえるくらいのものですが、音量があり、アタックも強く、太く重たく圧してきます。ハード・ロック的ともいえそうですが、どこかしなやかなリズムも創り出しています。


このドラムとベースに、笛のような音のシンセサイザーが入ったあと、Larry Blackmon のボーカルが始まります。この声も独特です。湿った粘っこいダミ声で、抑揚の少ないメロディーに載る歌詞を淡々と唄い上げます。ソウルやファンクのような抜けのよいボーカルでもなければ、ロック的な絞り出すようなシャウトでもありません。それまでに僕が聴いたことのない、魅惑的な声でした。


さらに、ギターが加わったあと、終盤ではブラスが鳴り響きますが、曲の骨格はベースとドラム、ボーカルでシンプルに構成されています。そのためか重く強烈なビートにも関わらず「すき間」が多い印象です。


ともあれ、ファンクともソウルともロックとも違う、過去に僕が聴いたことのない音楽、というのが、この映像を観ての感想でした。


そこで、翌日には早速この曲の入ったアルバム「Word Up!」のCDを買いに走りました。もっとも、不安もありました。「Word Up」のインパクトが強すぎたため、「気に入るのはこの曲だけかも」と、嫌な予感もしたのです。


ですが、それは杞憂でした。この日、僕は買ってきたこのアルバムの曲すべてに魅せられ、全曲を何度も繰り返し聴くことになりました。


1曲目がさきほどの「Word Up」です。続く2曲目は「Candy」です。この「Candy」もまた、1曲目に引き続き、音数が少ない曲です。存在感のあるドラムとベースに加え、背景にはファルセットボイスのコーラスも入るなど、ソウル的な印象も強まっています。そこに、ロック・ギターやサックスのソロが加わります。中盤にはヒップホップ的なバス・ドラムの連打も入ります。'86年当時におけるコンテポラリー感が漂う曲、といっていいかもしれません。


3曲目「Back and Forth」では、バスドラはさらにその音数を増やします。1曲目のような Larry の独特なボーカルは後退、メロディーはほとんどがコーラスによるものです。さらに、ファンク&ソウル的なシンセの響きも加わるなど、1、2曲目よりもグッとブラックミュージック的な作品といえそうです。一方で、2曲目以上にロックギターが「吠える」展開も魅力です。


4曲目「Don’t be Lonely」は、ファルセット・コーラスがリードするスローでメローな曲調の作品です。5曲目「She’s Mine」は、ヒップ・ホップ的なドラムとラップにサックスやロックギターのソロ、分厚いブラスのリフが絡む華やかな構成となっています。


6曲目「Fast, Fierce & Funny」では、メタリックな響きの音が重厚でゆったりとしたリズムを刻みます。


7曲目「You Can Have the World」では、冒頭からラテンパーカッションが跳ね回ります。そこにファルセットのメロディーが乗り、軽快にアルバムを締めくくります。


以上、全7曲中、やはり「Word Up」のインパクトは格別です。ただし、この曲を特徴付ける強烈なベースとドラム、さらにヘビーであっても隙間の多い構成や、類型的ではないサウンドといったものは、他の6曲にも共通しています。テンポも全ての曲が「Word Up」と同様のミドルテンポで、例えるならば、腰の据わった――という表現がぴったりのものです。


このアルバムをきっかけに、僕はその後「Word Up!」以前の Cameo の2枚のアルバム、'84年の「She's Strange」、'85年の「Single Life」も聴いてみました。しかし、こちらはスタンダードなファンクといった感じで、さほど印象は残りませんでした。


さらに「Word Up!」の次のアルバム「Machismo」('88)も聴いてみましたが、これも同様で、僕はそこで Cameo から一旦離脱。いまも聴き続けているのは「Word Up!」のみとなっています。



CAMEO / WORD UP!(1986年)


1:WORD UP

2:CANDY

3:BACK AND FORTH

4:DON’T BE LONELY

5:SHE’S MINE

6:FAST, FIERCE & FUNNY

7:YOU CAN HAVE THE WORLD


LPとCD、配信があります。LPでは1~3がA面、5~7がB面です。

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