コシミハル(越 美晴)の1985年のアルバム「BOY SOPRANO」を僕が購入したのは、クラシックとテクノポップの融合作品として、当時話題になっていたためです。
僕が子どもの頃から好きなクラシックの名曲に、ヴィヴァルディの「四季」があります。この組曲のリズムに、テクノポップと共通するものを僕はその頃感じていました。そのため、クラシックとテクノポップの融合というテーマは、僕にとってとても興味深いものでした。
ちなみに、コシミハルの名前は、かつては koshi miharu など、主にローマ字表記されていました。'89年から「コシミハル」と、カタカナに変えられたようです。
コシミハルといえば、細野晴臣の名前がたびたび一緒に出てきます。同氏との出会いにより、彼女の音楽性は大きく変わったといわれています。その細野晴臣と高橋幸宏が中心となって設立した¥EN(YEN)レーベルから、コシミハルは'83年に「Tutu(チュチュ)」、'84年に「Parallelisme(パラレリズム)」と、2枚のアルバムをリリースしています。さらにそのあと、細野晴臣主宰の Non-Standard レーベルから出したアルバムが「BOY SOPRANO」です。
1曲目「野ばら」は、オーストリアの作曲家フランツ・シューベルトが書いた歌曲です。パイプオルガンのようなシンセサイザーの音のみをバックに、コシミハルがアルバムタイトルどおりのボーイソプラノ的な声で原語(ドイツ語)と日本語の詞を交互に唄います。ここまでは融合というよりも「クラシックそのまま」といった感じですが、すぐに打ち込みのドラムが入ってきます。細かく刻まれたいかにもテクノポップといった感じのビートですが、音色のせいかゆったりとしたメロディーとの違和感はありません。その後は曲の進行に合わせてバックのシンセにもさまざまな音のフレーズが加わっていくという、華やかな展開です。
2曲目「夕べの祈り」も、歌詞やタイトルも含めて僕がイメージするクラシックそのものです。ですが、この曲の作曲は細野晴臣、作詞もポップス系の山上路夫です。最低限の音数による打ち込みのドラムが入った、シンプルで明朗な曲となっています。
3曲目「アヴェ・マリア」も、シューベルト作曲のクラシックです。伸びやかで深い響きのボーカルと、パーカッション的な打ち込みドラムが印象的です。
5曲目「マドモアゼル・ジュジュ」は、タンゴやシャンソンのようなリズムとサウンドが展開する曲です。背景ではアコーディオンかオルガンのような音色のシンセが鳴っています。ボーカルは、少年よりもさらに幼い子どものような声になっていますが、その歌詞は「眠れぬ夜は~砂男が踝(くるぶし)を舐める」(作詞:児玉真澄と koshi miharu )といった、退廃的かつ奇妙な内容です。
6曲目「カトレアの夜」も5曲目に似たサウンドですが、さらにフラメンコや、中東の民族歌謡のようなフレーズと音色が重なってきます。メロディーと歌詞(作詞:koshi miharu )は艶やかで官能的。サウンドによくマッチして違和感を感じさせない打ち込みドラムが、5曲目同様に心地よい作品です。
なお、このアルバムでは、8曲中4曲の作曲と、全曲のアレンジをコシミハル自身が手掛けています。他のプレイヤーやボーカリストのクレジットもないことから、サウンドのほとんどを彼女ひとりで作り上げていると思われます。狭い意味でのクラシックだけでなく、ジャズがメジャーになる以前から存在するさまざまな音楽スタイルも採り入れながら、課題であるテクノポップとの融合に挑んでいるといったかたちです。
そのうえで、最後の8曲目「リップ・シュッツ」にはクラシックの要素はありません。軽快なヒップホップ的打ち込みドラムに、語りともラップともつかぬボーカルが重なるニュー・ウェーブの曲となっています。
コシミハルは、クラシック音楽家の両親のもとで、3歳からピアノ、8歳から作曲を学び、11歳の頃には早くもシャンソンの弾き語りもしていたそうです。「BOY SOPRANO」が、以上のようなサウンドの作品になることにも十分に納得がいく経歴です。
ところで、冒頭のヴィヴァルディの四季での印象以外でも、僕はクラシックとテクノポップは相性がいい、と、当時よく感じていました。
そのことは、もちろんほかの多くの音楽ファンやプロの方々とも共通していたはずです。雑誌などでは、テクノポップの代表であるYMOや、同メンバーの曲に対して、「クラシック的」とする論評がその頃よく目にされたものです。たとえば、YMOの「東風(Tong Poo)」「Behind the Mask」、坂本龍一のソロ作品である「Riot in Lagos」といった作品がそうです。
さらには、「BOY SOPRANO」の発売の少し前、細野晴臣がアニメ映画の「銀河鉄道の夜」のサウンドトラックを発表していますが、そのサウンドといえばほとんどクラシックといえるものでした。
koshi miharu / BOY SOPRANO(1985年)
1:野ばら Heidenrȍslein
(作詞:Johann Wolfgang Von Goethe、作曲:Franz Peter Schubert)
2:夕べの祈り
(作詞:山上路夫、作曲:細野晴臣)
3:アヴェ・マリア Ave Maria
(作詞:Sir Walter Scott、作曲:Franz Peter Schubert)
4:マリアンジュ Marie-Ange
(仏語訳:室井幾世子)
5:マドモアゼル・ジュジュ Mademoiselle Juju
(作詞:児玉真澄/koshi miharu)
6:カトレアの夜
7:走れウサギ
(作詞:糸井重里、作曲:細野晴臣)
8:リップ・シュッツ Lip Schütz
()内に記載がある以外は、コシミハル = koshi miharu の作詞、作曲です。LPとCD、配信があります。LPは1~4がA面、5~8がB面です。