「Brazil Classics 1Beleza Tropical」は、ブラジル音楽アーティスト9人の曲を集めたアルバムです。1989年にリリースされました。日本盤は翌'90年の発売です。
このアルバムをレコード店で見つけた'90年当時、9人のうち6人のアーティストのアルバムや曲を僕はすでに聴いていました。そのため、「いまさらオムニバス作品を買うまでもないかな」と、一瞬思ったものです。
それでも、結局買うことにしました。理由は、Talking Heads の中心人物 David Byrne(デヴィッド・バーン) が、このアルバムをプロデュースしていたからです。
当時、David Byrne に対して、僕は「尖がったロックの人」といったイメージを持っていました。なので、彼とブラジル音楽が頭の中で容易に結びつかなかったのです。それだけに、かえって興味を惹かれました。
加えて、曲目を見ると、僕が聴いたことのある曲は全18曲中 Milton Nascimento(ミルトン・ナシメント) の2曲「San Vicente」と「Anima」だけです。「いまさら」な感じも、これだとほぼなさそうです。
1曲目は、Jorge Ben(ジョルジ・ベン) の「Ponta de Lanca Africano(Umbabarauma)」です。曲の冒頭、早速意表を突かれました。呪術的な雰囲気の歌がブルース・ギターに乗ってくるブラジル音楽らしからぬ展開です。
2曲目「Sonho Meu」では、Maria Bethania(マリア・ベターニア) の中性的なボーカルと、Gal Costa(ガル・コスタ) のパワフルなボーカルが心地よく交錯します。澄んだ高音のボーカルです。
そして、このアルバムの中で、僕がこののちもっともよく聴くことになったのが4曲目です。Caetano Veloso(カエターノ・ヴェローゾ) の「Um Canto de Afoxé Para O Bloco do IIê(IIê Ayê)」です。
メインのボーカル、バックのボーカル、パーカッション、さらに最後の方に入るハンド・クラップ(機材ではなく人の手によるもの)だけのシンプルな1曲です。
メロディーは、ひとつのフレーズの繰り返しとそのバリエーションで構成されています。歌詞がありますが、たったの4行です。
その初めの行の日本語訳に「IIe Aye~君は美しい」(訳:沼崎敦子)とありましたが、この曲自体も、僕がそれまでに聴いた中でもっとも美しいひとつといえるものでした。
Caetano Veloso については、'87年の「Caetano(フェラ・フェリーダ)」と'89年の「Estrangeiro」を僕はすでに聴いていました。前者はアヴァンガルドな、後者はロック的なサウンドです。対して「IIê Ayê」は、どちらかというとボサノバ的でアコースティックな印象です。まったくといっていいほど前者2曲とは違ったものでした。
さらに、このアルバムには Caetano の曲が他にも3曲入っています。どれも「IIê Ayê」と似たテイストで新鮮です。「やはり買ってよかった」の思いを強くしました。
MIlton Nascimento が、Chico Buarque(シコ・ブアルキ) の曲にゲスト参加している7曲目「Calice」も、未だによく聴く曲です。
牧歌的な曲調で始まりますが、中盤からロック的で重厚なサウンドに変わります。歌詞は「僕は非人間的な叫びを発したい」など、シリアスでネガティブなものですが、重苦しくはなく、ポップな曲といえる作品です。
以上含め、このアルバムに集められた曲はどれも素晴らしいものです。全18曲、聴き逃せない作品ばかりといっていいでしょう。
曲目データなどをチェックしていて、気付いたことがあります。
ひとつは、それぞれの曲が発表された年代です。一番古いものが'71年、最新のものでも'84年でアルバム発売の5年前です。70年代の曲が18曲中11曲を占めていて、古きに偏っているといえばいえそうな選曲です。
さらには、参加アーティストの顔ぶれです。当時有名だったジャヴァン、イヴァン・リンス、ドリ・カイミ、シモーネらの名は見えず、'70年代から作品を発表しているジョアン・ボスコ、伝説的な歌手エリス・レジーナといったよく知られた名前も見当たりません。
対して、Caetano Veloso の曲は4曲、Gilberto Gil、Jorge Ben の曲はそれぞれ3曲ずつというご贔屓(?)ぶりです。
つまり、このアルバムは「ブラジル音楽の代表的なアーティストや名曲をひととおり紹介する」といった類の作品ではないようです。
David Byrne 個人のこだわりと、アルバムタイトルどおり「クラシック」と呼ぶにふさわしい、ある程度評価が定まった曲を集める方針のもと、慎重にプロデュースされたアルバムのようです。
のちに、僕はDJによるMIX-CDを数多く聴くようになりますが、それらとよく似た、ひとつの大きな流れを持つ「David Byrne 自身の作品」ともなっているのが、このアルバムといえるでしょう。
Brazil Classics 1 Beleza Tropical (1989年、日本盤1990年)
1:Ponta de Lanca Africano(Umbabarauma)/ JORGE BEN
ウンババラウマ / ジョルジ・ベン
2:Sonho Meu / MARIA BETHANIA E GAL COSTA
ソーニョ・メウ / マリア・ベターニア & ガル・コスタ
3:Só Quero Um Xodó / GILBERTO GIL
ソ・ケーロ・ウン・ショドー / ジルベルト・ジル
4:Um Canto de Afoxé Para O Bloco do IIê(IIê Ayê)/ CAETANO VELOSO
イレー・アイエー / カエターノ・ヴェローゾ
5:O Leãozinho / CAETANO VELOSO
オ・レオンジーニョ / カエターノ・ヴェローゾ
6:Caçada / CHICO BUARQUE
カサーダ / シコ・ブアルキ
7:Calice / CHICO BUARQUE(PART. VOCAL:MILTON NASCIMENTO)*
カリシ / シコ・ブアルキ(パート・ヴォーカル:ミルトン・ナシメント)
8:Equatorial / LÔ BORGES *
イクァトリアル / ロ・ボルジス
9:San Vicente / MILTON NASCIMENTO
サン・ヴィセンチ / ミルトン・ナシメント
10:Quilombo, O El Dorado Negro / GILBERTO GIL
キロンボ、オ・エル・ドラド・ネグロ / ジルベルト・ジル
11:Caramba! …Galileu Da Galileia / JORGE BEN *
カランバ! ガレリウ・ダ・ガリレイア / ジョルジ・ベン
12:Caixa de Sol / NAZARE PEREIRA
カイシャ・ジ・ソル / ナザレ・ペレイラ
13:Maculele / NAZARE PEREIRA *
マクレレ / ナザレ・ペレイラ
14:Queixa / CAETANO VELOSO
ケイシャ / カエターノ・ヴェローゾ
15:Ander Com Fé / GILBERTO GIL
アンダール・コン・フェ / ジルベルト・ジル
16:Fio Maravilha / JORGE BEN
フィオ・マラヴィーラ / ジョルジ・ベン
17:Anima / MILTON NASCIMENTO
アニマ / ミルトン・ナシメント
18:Terra / CAETANO VELOSO
テーハ / カエターノ・ヴェローゾ
CDとLP、配信があります。LPは7、8、11、13曲目が含まれない(*印)計14曲です。1~6および9曲目がA面、10、12、14~18曲目がB面です。
CD、LPとも再発売されています。最新のものは'21年12月発売の2枚組LPです。なお、このLPに関しては、18曲全てが収録されているという情報もあれば、従来からの14曲との情報もあります。僕は現物を見たことがないため未確認です('22年5月現在)。