涼しげで軽やかなギターのコード弾きが交錯する中、CHAKA(チャカ・安則まみ)が、澄んだ高音で唄い出します。PSY・S(サイズ)の3rdアルバム「Mint-Electric」の1曲目「Simulation」です。
このイントロを久しぶりに聴いた瞬間、僕は思わず叫びそうになりました。30年以上も前に、初めて聴いた時の鮮烈な感動がよみがえりました。
一昨年(2020)の2月、僕は中古のLPでこの「Mint-Electric」を再び手にしました。前回はCDでした。'87年の購入です。ところが、そのCDは10年ほど前に引っ越しのタイミングでなぜか売ってしまいました。にもかかわらず、偶然レコード店で再会すると、僕はまたもこのアルバムを買わずにはいられませんでした。
上記の唄い出しを追いかけ、跳ねるようなベース、ドラム、さらにフェアライト(サンプリング音を使用するシンセサイザー)によるストリングス音が展開します。後半では、ディストーションの効いたギター・ソロも加わります。ギターにも、CHAKA のボーカルにも、どことなくエレクトリックな響きが感じられるのがこの1曲目です。
PSY・S は、ボーカルの CHAKA とシンセサイザー、ギター、エレクトロニクスの松浦雅也によるユニットです。このアルバムでは、ほかにもギターや管楽器などでゲストが参加していますが、ベースとドラムのクレジットはありません。これらは松浦雅也による打ち込みでしょう。制作手法も、音の響きからも、「テクノ・ロック」とでも呼びたくなるような1作です。
2曲目「電気とミント」は、体が自然に動き出しそうな抜群にノリのよい曲です。ドライブ感にあふれたリズムだけでなく、そこへのメロディーや歌詞の乗せ方が絶妙です。まるで歌詞がリズムをリードし、グルーブ感を加速させているかのように感じられる箇所もあります。
3度出てくるシャウト部分(「Wink!」のところ)も、そのたびタイミングが微妙に違っています。ブレイクの都度リズムがリフレッシュされるような、新鮮な感覚に魅せられます。
以上、1曲目と2曲目は、繰り返しますが「テクノ・ロック」といった感じで、響きもクールです。なお、ここでいうクールには「カッコいい」だけでなく、実際に「涼しい」という意味もあります。リズムは強烈であっても、重さ、熱さといったものは希薄ということです。
4曲目「TOYHOLIC」はバラードです。この曲では、漂う透明感とともに、リズミカルな男声のバック・コーラスが印象的です。まるで打ち込みによるシークエンスのように聴こえてきます。しかし、一方でこの曲にはフェアライトによるトランペット音も配置されています。そのため、エレクトリックな生音と生楽器のようなシンセの音が交錯するという、面白い展開になっています。
5曲目「Lemonの勇気」は、このアルバムの中では最も”熱い”曲でしょう。ミドル・テンポの短調による抒情的なメロディーからなる1曲です。軽やかなグルーブ感も、他の曲同様に健在です。
7曲目「Long Distance」は、どこか南国的なエスニックの香りのする作品です。ゆっくりと宙に昇っていくような、のびやかなイメージです。
最後の10曲目は、元気一杯――といった感じの「ガラスの明日」です。
以上、アルバム全体の印象をいえば、まさにタイトルのとおりといった感じです。「Mint-Electric」そのままといっていいでしょう。爽快感に満ちたエレクトリック・サウンドに、多くの人が魅せられるはずの作品です。
ところで、僕は、このアルバムとは冒頭に記したとおり一昨年久しぶりに再会しました。'87年にCDで買った際は、その後しばらく毎日のように聴いていたのですが、いつの頃からか特に理由もなく聴かなくなりました。そして10年ほど前、繰り返しますが、聴き直して検討することもなくあっさりと売ってしまったのです。
PSY・S のサウンドは「'90年代のJ-POPを先取りしたような」と、よくいわれます。なので、「聴かなくなったのは、'90年代に彼らのサウンドが普通になりすぎて、周囲に埋没したせいかな?」とも僕は思っていたのですが、すぐに考え直しました。あらためて聴いてみると、'90年代どころか、現在発表されても違和感がないくらいの新しさをこのアルバムには感じるからです。
そういうわけで、あまり劣化していない中古LPをたまたま発見できたのは幸運でした。以来、聴くたびに一旦は手放してしまったことを反省しています。
PSY・S / Mint-Electric(1987年)
1:Simulation(サエキけんぞう)
2:電気とミント(松尾由紀夫)
3:青空は天気雨(松尾由紀夫)
4:TOYHOLIC(あさくらせいら)
5:Lemonの勇気(サエキけんぞう)
6:Sweet Tragedy(安則まみ)
7:Long Distance(杉林恭雄)
8:Cubic Lovers(松尾由紀夫)
9:ガラスの明日(安則まみ)
作曲と編曲は全曲が松浦雅也、曲名の後の()内は作詞者です。CDとLP、配信があります。LPは1~5がA面、6~9がB面です。