Chari Chari(Kaoru Inoue ~井上薫 のプロジェクト)のアルバム「in time」が紹介されるとき、よく「オーガニック」という言葉が使われます。
オーガニック…有機栽培された音楽って?
デジタルが紡ぎ出す現代音楽へのそんな表現に、一瞬、疑問が湧きます。
ですが、実際にこのアルバムを聴くと、なるほどとも思います。たしかに「オーガニック」でもよい気がしてきます。
多数のパーカッションやストリングスなど、生楽器が前面に出てくるサウンドです。
ただし、いずれの曲でも Kaoru Inoue による打ち込みや、電子楽器が多用されています。
6曲目の「Remains」に至っては、すべてが彼のキーボードと打ち込みによる作品です。
とはいえ、ドラムス、パーカッション、ストリングスなどを模したそれらの音は、ほかの曲で奏でられる本物の楽器の音と比べても、まったく違和感がありません。
エコーなどのエフェクトも、軽やかで深い響きを醸し出しています。人の手が加わらない、自然の音を連想させます。
さらに、そうしたエレクトリックなサウンドやサンプリングが、丹念に曲に織り込まれ、生楽器と一体化しています。
まさに、有機的=オーガニックな雰囲気が生み出されています。
加えて、僕は、このアルバムの持つ空気感が気に入っています。身も心もともに軽やかにしてくれます。心地よくも独特な感覚です。
1曲目は短い曲です。タイトルは「One」です。男声とカウベルの音のあと、シンセサイザーのエレクトリックな音色が続きます。
2曲目「Sound of Joy」は、ゆったりとした打ち込みのドラムスで始まります。続いて、パーカッションが重なりますが、クレジットを見る限り、これも打ち込みのようです。さらに、フルートとストリングスも被さってきます。こちらは生楽器です。
3曲目「Dil Ki Dharkan」では、タブラ、シタールなど、インドの楽器が登場します。インド風なメロディーの歌も加わります。ただし、全体としてはインドをそれほど強く感じる曲ではありません。
5曲目「Tidal Wave」と、それをエディットした11曲目「Tidal Reprise」は、サンバ系のパーカッションが特徴的な2曲です。
また、サンバといえば、9曲目「Aurora」も、ボサノバ風のギターと短い歌が繰り返されるブラジル的な1曲です。
ちなみに、このアルバムでは、多くの曲で民族楽器が使われています。ただし、トライバルな響きは希薄です。いずれも、洗練されたしなやかなサウンドに仕上がっているのが特長です。
そのため、このアルバムは、僕の思うところ「ワールド・ミュージック的なテクノ、ハウス」と、いったものとはやや違います。
カテゴリーをいうならば、チル・アウトが近いように思えます。
12曲中7曲で、さまざまなスタイルのボーカルが入ります。
4曲目「Liberation」では、それが、歌でもラップでもない、男声によるポエトリー・リーディングのかたちをとります。パーカッションが作り出すビートに乗って「詩が疾走する」と、いったところです。
7曲目「Folk Tales」は、とぼけたメロディのフォーク・ソングといっていいでしょう。
8曲目「Passage」では、シンセのドローンの上で、ドラムスのほか、女声ボーカルも躍動します。離れたところで叫んでいるかのような声です。不思議な浮遊感を覚えるこの曲は、さきほどの「Liberation」と並んで、このアルバムの中で僕がもっとも好きな曲です。
10曲目「Plain Sailing」は、ずっしりと重たいバス・ドラムが特徴的です。ゆったりした歌がそれに重なります。
最後の12曲目、「Landing」は、10分におよぶ長めの曲です。漂い続けるシンセの和音に、断続的なパーカッションが織り込まれる、プログレッシブな印象の作品となっています。
kaoru inoue presents chari chari / in time(2002年)
1:One
2:Sound of Joy
3:Dil Ki Dharkan
4:Liberation
5:Tidal Wave
6:Remains
7:Folk Tales
8:Passage
9:Aurora
10:Plain Sailing
11:Tidal Reprise
12:Landing
2002年の発売時はCDのみでしたが、2020年に、Kaoru Inoue 本人によるリマスターが施されたLP2枚組(CDと曲目、曲順も同一)が発売されました。