Teebs(ティーブス=Mtendere Mandowa)のアルバム「Ardour」は、聴いていると、頭に自然と映像が浮かんでくるような作品です。
その映像は、アニメーションでもCGでもなく、ストーリーのあるドラマや映画のようでもありません。抽象的な映像です。
たとえば、抽象的な絵画が、空中に絵の具で描かれていくようなイメージです。ただし、描き手も絵筆もそこには見えません。色だけが塗られていくかたちです。
なお、Teebs はペインターとしても活動しています。このアルバムのアートワークも彼の手によるものです。そのことを知っているため、僕の頭には余計に映像が喚起されるのかもしれません。
1曲目は「You’ve Changed」です。漂うような、深くくぐもった音色の和音を背景に、カタカタ鳴る木質の音や、金属的な高音の打楽器によるシークエンスが散りばめられます。
いわゆる「宅録」的なサウンドであることは一聴してわかります。エレクトリックな機材を駆使し、プログラミングし、エフェクトをかけ、サンプリングもしています。
にも関わらず、機材のつくり出す音、という感じが僕にはまったくして来ないのが不思議です。自然な音に感じられるのです。なので、手書きの絵がイメージとして浮かびます。
さらに、重いビートのドラムもそこに加わります。ズッシリとしたバス・ドラムです。ただし、表現が矛盾しますが、軽やかでもあります。2曲目「Bound Ball」では、こうしたドラムがさらに前面に出てきます。
ちなみに、このアルバムは Brainfeeder というレーベルから出ています。アンダーグラウンド系のヒップ・ホップから派生した「L.A.ビート」あるいは「L.A.ビート・シーン」を代表するレーベルです。
そのためか、ヒップ・ホップや、ハウス、テクノといったクラブ系のレコードとともにDJがかけても違和感がないような曲も数多く収録されています。かといって、クラブ系だと割り切れる音でもない、一方、アンビエントといった風でもない…と、いったところです。
4曲目「While You Doooo」では、ハープのような音が背後に漂いつつ、前面ではラテン・パーカッションが鳴っています。このアルバムの中ではもっとも普通な感覚の親しみやすい1曲です。
5曲目「Moments」では、散りばめられる高いピアノのような音や、音の強弱の変化が独特です。変化そのものが、全体のリズムを作り出している感じです。
6曲目「Burner」です。ゆったりとした背景のもと、セカセカした様子でたくさんのパーカッションが鳴っています。
8曲目「Lakeshore Ave.」。ピアノが、短く重い和音のパターンを叩き続けます。音の質感と響きが少しづつ変化していくところに耳が惹かれます。
9曲目「Arthur's Birds」。Birds とありますが、鳥ではなく、高い空を移動する空気そのもののような印象を受けます。耳に突き刺さりそうな高音がリズムと対照的です。音の強弱が、曲にうねりを作り出しています。
15曲目「Long Distance」は、唯一の唄ものです。教会のオルガンのような音での幕開け、鳥の声を思わせるノイズが飛び交います。このアルバムの中では、もっとも具体的なイメージが浮かぶ曲です。
以上、全18曲です。女声ボーカルが参加する1曲以外は、Teebs がひとりで作っているようです。さまざまな機材を駆使した、当時最新の音だったのでしょう。
とはいえ、最初の方で触れたとおり、僕にはエレクトリックな印象がまったくといっていいほど感じられません。
整った音や、澄み切った音、ツルツルしたような音はなく、どの曲にもさまざまなノイズが加えられています。さきほどの音の強弱だけでなく、音が歪んだり、うねったりするところも目立ちます。受信状態の悪いラジオで音楽を聴いているような、どこか懐かしい感覚すらしてきます。
曲のイメージには統一感も感じられますが、音色や手法、テイストは多様です。エクスペリメンタルな要素も多いアルバムですが、耳にスッと入ってくる、とても心地よい音であることは間違いないでしょう。
初めて聴いた時は「こんな音楽が聴きたかったのだ」との思いを強くさせられました。そんな作品です。
teebs / ardour(2010年)
1:You've Changed
2:Bound Ball
3:Double Fifths
4:While You Doooo
5:Moments
6:Burner
7:Wind Loop
8:Lakeshore Ave.
9:Arthur's Birds
10:Gorden
11:Bern Rhythm
12:Felt Tip
13:King Bathtub
14:My Whole Life
15:Long Distance ft. Gaby Hernandez
16:Why Like This
17:Humming Birds
18:Autumn Antique
CDと2枚組LPがあり、収録曲・曲順は同じです。さらにストリーミングもあります。上記18曲に加えて、他に6曲が配信されています。なお、2020年12月に、配信されている計24曲が収録されたLP2枚組が発売の予定です。