僕がアフリカのミュージシャンによる音楽を聴くようになったきっかけは、King Sunny Adé との出会いでした。'83年のことでした。
先端的なスタジオ・テクノロジーと、土俗的で野性的なビートの融合に、大いに魅力を感じました。
そこに存在する民族音楽的な要素に、僕はいたく取り憑かれてしまったわけです。
そのため、以降も、アフリカの音楽に対しては、僕はつねに現地の「土」の匂いを期待し続けていました。
ところが、やがてそれが突き崩されました。
突き崩したのは、セネガルのアーティスト Youssou N'Dour です。'90年にリリースされたアルバム「SET」を聴いたことによるものです。
「SET」は、いわゆるアフリカ的な要素を多分に持ちながらも、ロックやソウルのチャートに並んでいてもほとんど違和感のないアルバムでした。いわば、アフリカの大地に立ちつつも、アフリカ離れした作品です。
もっとも、僕はそのことに最初は気づかず、
「複雑で躍動的、怒涛のように押し寄せるリズム」
「張り詰め、突き刺さってくるようなボーカル。メロディーの美しさ」
「重厚で炸裂するようなブラスの加わったアレンジ」
「曲ごとのサウンドの多様さ」
これらにただただ魅了され、感動を覚えただけでした。
その後、しばらくしてから、この作品の華麗で繊細な(?)アフリカ離れの様子にハッと気づかされたという次第です。
1曲目は「Set」です。イントロからいきなりそれが感じられました。キーボードとギターによる軽快なリフから入るところなど、セネガル音楽をベースにしながらも、まさにロック的です。
Youssou の張りのあるボーカルに各楽器が追随します。一気に盛り上がります。
セネガルの伝統的な打楽器「タマ」の音も聴こえます。複雑なパターンを躍動的に叩き出しています。
ちなみに、タマは、やや小ぶりのトーキング・ドラム(肩から下げ、脇を締めることで音程を変えられる打楽器)のことをいいます。Youssou の作品には欠かせない楽器で、ほとんどの曲で使われています。「Set」でも、タマは主役級の活躍ぶりを見せています。
一方で、この作品には、海を越えた世界のサウンドもふんだんに取り込まれています。
たとえば、カリプソの存在はひときわ明瞭です。
ギターやキーボードのリズミカルで細かなパターンや、ドラムのビートからは、ソウルやファンクまでもが感じられるといったところです。
5曲目の「Sinebar」は、このアルバムの中で僕がもっとも好きな曲です。
こちらでは、さきほどのタマだけでなく、西アフリカの伝統的な竪琴「コラ」らしき音も聴こえてきます。もっとも、クレジットを見るかぎり、コラの名前は見当たりません。記載漏れか、もしかするとシンセサイザーで合成された音なのかもしれません。
ギターは、リンガラやジュジュなど、'90年当時のアフリカ音楽を思わせるフレーズを奏でています。
たたみかけるパーカッション、宙を飛び回るかのような Youssou のボーカル、終盤のボーカルとブラスのユニゾンなど、聴きどころがいっぱいの名曲です。
6曲目「Medina」は、サックス、キーボード、ギターのみでバックが構成された曲です。
8曲目「Xale」も、同じくバイオリンとチェロによるシンプルな構成です。
10曲目「Fakastalu」と、11曲目「Hey You」では、このアルバムにあって、アフリカ的雰囲気が比較的ストレートに出ています。パーカッションを主体に、ドラム、ブラス、ストリングスが入らない組み立てとなっています。
なお、「Fakastalu」での美しく伸びやかなボーカルは、全曲中の白眉といっていいでしょう。
ちなみに、それぞれの曲の歌詞を英訳したものを読むと、メッセージ性の強さが目立ちます。
こうした辺りからは、ロックやヒップ・ホップとの共通点も感じさせられます。
Youssou N'Dour / SET(1990年)
1:Set
2:Alboury
3:Sabar
4:Toxiques
5:Sinebar
6:Medina
7:Miyoko
8:Xale
9:Fenene
10:Fakastalu
11:Hey You!
12:One Day
13:Ay Chono La
CDとLPがあります。LPには13曲目の「Ay Chono La」は収録されていません。1曲目~7曲目がA面、8曲目~12曲目がB面です。