1980年代、僕が20代の初めの頃です。洋楽好きの兄や、友人たちが、次々とジャズを聴き始めました。
それまでは、ロックやソウル、クロスオーバー(フュージョン)など、エレクトリック音楽を聴いていた人たちです。
それが、アコースティックなジャズに転向していったのです。50~60年代の、4人から6人程度のコンボ(小編成)による作品です。
当時、僕のまわりでは、ジャズは、芸術的な大人の音楽といったイメージを帯びていました。
ポップ寄りのソウルや、フュージョン、YMOなどを聴いていた僕も、何となくジャズを聴かなければいけないような雰囲気になってきました。
とはいえ、すでに兄などが聴き始めている、John Coltrane や Thelonious Monk を後追いするのも、癪にさわりました。
どうせならば、彼らの聴いていないような、自慢できる作品をと思い、探してみました。
その結果、手にしたのが、Eric Dolphy の「Out to Lunch」でした。1964年の作品です。
1曲目「Hat and Beard」は、各楽器が一音、一斉に鳴り、続いて変ったテーマ・メロディーが始まる幕開けです。リズムは9拍子です。
音階は、何長調、何短調といった調性を感じさせない、ダークな印象です。
リーダーの Eric Dolphy が吹くバス・クラリネットの低音が、それを加速させていきます。
テーマが終わると、Eric のソロがはじまります。無調で、「馬のいななきのような」と、揶揄されたノイズ的な音を交えながら、高音から低音まで、自由なリズムが激しくのたうち回ります。
ドラムの Tony Williams も、一定のリズムではなく、自由で強烈なパルスを打ち出します。いかにも「フリージャズ」といった印象です。
それでもとりあえず、5人のメンバー全員がギリギリのところでテーマのリズムをキープしているかのような作品です。
2曲目「Something Sweet, Something Tender」は Eric のバス・クラリネットと、Richard Davis のウッド・ベースの弓弾きで始まります。ダークでゆったりとしたリズムの曲です。
この曲では、Eric のソロは自由に動き回るものの、定まったリズムがキープされています。
3曲目「Gazzelloni」は一転、軽快な4ビートで始まります。Eric はフルートを吹いています。強く、パーカッシブな音を奏でるなど、小鳥が飛び回っているようなイメージが浮かぶソロです。崩れかけながらも、4ビートをなんとかキープする印象です。
続けて、B面です。Eric が楽器をアルト・サックスに持ち換える展開です。
B1、4曲目「Out to Lunch」はアルバムタイトル曲です。マーチのような軽快さを感じさせる作品です。
5曲目「Straight Up and Down」は、酔っぱらいの千鳥足といった風で、それぞれ個性的です。
以上すべてを聴き終わり、当時の僕は、正直なところかなり疲れました。
とても難解な1枚でした。背伸びし過ぎたかなとも感じました。
ですが、「大人の音楽」に弾き返されたままでいるのも嫌なので、もう一度、続けて聴いてみることにしました。
さらにもう一度、もう一度…と、聴き込んでいくうちに、僕はいつの間にか、このアルバムの魅力に引き込まれていきました。
ついには、この作品は、僕が「こんにちまでもっとも長い間、聴き続けているジャズのアルバム」と、いうことになっています。
この「Out to Lunch」で、際立つものといえば、 Eric のソロです。調性もリズムもまさにフリーですが、その分イメージのままに演奏しているように感じられます。
ただし、無秩序なものではなく、そこには美しさが醸し出されています。
バス・クラリネットのノイズ的な音色や、どこかトボけていてユーモラスな響きもとても魅力的です。
ドラムの Tony Williams による、フリーと定型を変幻自在に行き来する演奏も素晴らしいものです。このアルバムのもうひとつの主役といえるくらいです。
特に、1曲目の途中、Bobby Hutcherson のビブラホンに反応し、バス・ドラムをキックするあたりは、聴いていてゾクゾクとさせられます。
トランペットの Freddie Hubbard の、いかにもスタンダードなジャズといった趣きのソロも、ほかのメンバーのフリーなソロの中で魅力的なアクセントになっています。
いわゆるジャム・セッションではない、事前にしっかりと打合せを重ね、リハーサルを繰り返し、入念に作り込まれたアルバムと見ていますが、どうでしょうか。
Eric Dolphy / Out to Lunch(1964年)
A1:Hat and Beard
A2:Something Sweet,Something Tender
A3:Gazzelloni
B1:Out to Lunch
B2:Straight Up and Down