このアルバムは同じ名前の映画のサントラで、多数のアーティストが参加しています。
1曲目は David Bowie によるテーマ・ソングです。ロック・ギターの音から始まる、ソウル・ミュージックの影響の強い80年代の Bowieサウンドです。8分近い曲の終盤で、オーケストラをバックにソロをとるサックスが印象的です。彼の曲は他に2曲入っています。
Sade による、クラシックな4ビート・ジャズの雰囲気の2曲目に続き、3曲目はThe Style Council の「Have You Ever Had It Blue」。カリプソ風ジャズという感じのゴージャスでクールな曲です。このアルバムの中で、僕が一番好きな曲です。
素朴な印象の4曲目に続いて、5曲目は Gil Evans のブラス・オーケストラ。パーカッションのリズムと音色が軽快なサウンドを引き立てます。
日本語の解説には、「Gil Evans が実質的な音楽総監督」という、曖昧な記述があります。アーティストの選択は、映画の方の監督ジュリアン・テンプルによるものですが、当時74才の Gil は生ける伝説的な存在。積極的に「監督」せずとも、参加アーティストから助言や指導を求められたことは想像に難くありません。
全体的に、当時ロンドンを中心に一世を風靡した観のあった、踊れるジャズ=アシッド・ジャズ的なサウンドが中心で、統一感があります。これも Gil のアドバイスによるものかもしれません。
このあとも、ラテン音楽風のピアノが心地よいダンサブルな「Rodrigo Bay」(8曲目・B3)、Gil Evans 直系という感じのサウンドの長尺曲「Riot City」(10曲目・B5)、Miles Davis の「So What」のレゲエ・ダブ風リメイク(17曲目・D5)と、個性的な曲が続きます。
そして Gil 自身の曲(CDは4曲、LPでは6曲)は、短く控え目な感じで、これらの曲の間を埋めるように配置されています。自分よりはるかに若いアーティストに助言を与えつつ、一歩ひいたところから暖かく見守っているという雰囲気が、アルバムの構成からも感じられます。
周知のとおり、Gil Evans は Miles Davis の「Birth of the Cool」を始めとしたオーケストラ作品や、「So What」のイントロ部分、「Bitches Brew」全体のアレンジにも関与していると言われています。僕はこれらの作品で Gil のサウンドを聴いているだけでしたが、「Absolute Beginners」をきっかけに、彼自身のリーダー・アルバムを聴いてみることにしました。
「Out of the Cool」「There Comes a Time」「Plays the Music of Jimi Hendrix」などの作品を立て続けに聴きました。どれもアレンジやサウンドの先進性が際立つ名作で、「良い音楽」であることには違いがない。しかも「Plays~」の発表は彼の62才の時、「There~」は64才の時。創作力の衰えが全く感じられません。
しかし、どこか Miles との共同制作アルバムとは違います。愛聴盤になるほどの魅力に欠けるのです。
Gil のリーダー・アルバムを聴いていて感じたのは、「中心がない」という欠落感でした。もちろんメロディーはあるし、ヴォーカル入りの曲もあります。それでも、中心がない感じがするのです。
何故そうなるのか。「彼のサウンドには、Miles Davis や Jimi Hendrix 級の超一流のフロント・プレイヤーが必要不可欠なのではないか」と、思うようになりました。彼の作り出した最高のサウンドに、対等に対峙しうるプレイヤーがいないと、どこか欠落を感じさせる音になるのだと思います。
さらには Gil 自身も、そうした才能が目の前に存在しない状況では、本当の意味で創作意欲が掻き立てられることがなかったのかもしれません。
彼にとって、そういった特別な存在は、長い間 Miles Davis 以外にいませんでした。そして、ようやく二人目が現われたと思ったのもつかの間、その男 Jimi Hendrix は夭折します。そのためか、Gil は大変な寡作家でした。
このように、音楽に対する真摯でストイックな姿勢を感じさせる Gil が、「Absolute Beginners」では、若手に交じって作品を作ることを楽しんでいる雰囲気が感じられます。それが意外でもあり、なんだかホッとするのです。
Absolute Beginners the Original Motion Picture Soundtrack(1986年)
A1:David Bowie / Absolute Beginners
A2:Sade / Killer Blow
A3:The Style Council / Have You Ever Had It Blue?
A4:Ray Davis / Quiet Life
A5:Gil Evans / Va Va Voom
B1:David Bowie / That's Motivation
B2:Eighth Wonder featuring Patsy Kensit / Having It All
B3:Working Week / Rodrigo Bay
B4:Slim Gaillard / Selling Out
B5:Jerry Dammers / Riot City
C1:Gil Evans / Boogie Stop Shuffle(Rough and the Smooth)
C2:Tenpole Tudor / Ted Ain't Ded
C3:David Bowie / Volare(Nel Blu Dipinito Di Blu)
C4:Clive Langer / Napoli
C5:Jonas / Little Cat(You've Never Had It So Good)
C6:Gil Evans / Absolute Beginners(slight refrain)
D1:Gil Evans / Better Git It in Your Soul(The Hot and the Cool)
D2:Laurel Aitken / Landlords and Tenants
D3:Ekow Abban / Santa Lucia
D4:Gil Evans / Cool Napoli
D5:Smiley Culture / So What?(Lyric Version)
D6:Gil Evans / Absolute Beginners(refrain)
*LP、CDとも2枚組で出ています。以前のCDでは、上記のうち、C6、D2、D3、D4が抜けていましたが、2020年に全曲が収録されたものが、また新たに発売されました。
*邦題は「ビギナーズ」です。